2015年03月06日

ご夫婦の合同葬儀に思うー分別しない智

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 お父様が3月1日にお亡くなりになり、その準備をしているところに、お母様が4日に後を追うようにお亡くなりになったと電話が入った。通夜の控え室で、お嬢さまがこうおっしゃった。「別々に入院していた母に、父も具合があまりよくないと伝えましたが、理解していたかどうか…」

 その言葉に、私はこう答えた。「私たちの日常的な理解の仕方とは別の理解の仕方で全部おわかりだったのではないでしょうか?」
 するとお嬢さまは目がしらを押さえて「そうだと思います」とおっしゃった。

 仏教では、日常的で分析的な「知」に対して、分析的でない直覚的な「智」を優位に置く。「右脳は常に機能していて 、すべてがつながっていることを感知しているのです」と、ジル・ボルト・テイラーが『奇跡の脳』で述べている。
 この示唆的な表現が、「無分別智(分析的でない直覚的な「智」)」を端的に表しているに違いない。

 おそらくお母様は、ご主人様がお亡くなりになった瞬間もよく理解していらっしゃって、ご自身の最期も決められたのではないだろうか。

 ずっと別々に入院していたお二人は、いま頭頂を合わせるように棺が並べられて、やっと一緒に眠っていらっしゃる。

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posted by Shukai at 08:45| 東京 ☁| Comment(0) | 祈り・儀式・佛教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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