2015年08月23日

実るほど頭を垂れる稲穂かな「詫び/侘び」再考

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その動作の対象を想定している「謝る」に対して、「詫び」というのは内的な心の姿勢を指しているのではないだろうか。そういう意味で、「詫びる」という動詞は限りなく自動詞的である(尤も、「謝る」も、「詫びる」も文法的には自動詞であるが)。そして、自ずと頭が垂れるからこそ、そこに美しさが滲み出るに違いない。その心理的動作には対象が存在せず、内的な佇まいとしての美しさが現れ出るのだ。

仏像やヨーガの印、jnana-mdra(ジュニャーナ・ムドゥラー、智慧の印)は、人を指す人差し指を自分に向け、宇宙の真理の象徴である親指につけて輪を作る。そこに智慧がなければ、そのことでいくら苦しんだとて、また同じことを繰り返すのだ。何故か? 苦しんだことを免罪符として、智慧の発動を妨げ、また眠るからである。

ほとんどの場合、「手放す」ことには恐怖が付き纏う。自らの非を認めるのは、強く握りしめている指を一本一本引き剥がされるような感覚を覚えるものである。
しかし、それまでの価値観や、譲れないエゴを手放すことによって、失われるものは何もないどころか、そうして初めて「赦し」の何たるかを自らの深いところで識るのである。

傷つく恐怖を源とする防衛は、どんどん武器や理論でその武装を強固にして行く。その行く先には決して平安も平和も存在しない。対立・対抗を前提としているからである。

自ら頭を垂れ、自らを拝む道しか残された道はないのだと識ったときに、平安と平和への道が拓かれるのではないだろうか。

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2015年08月22日

懐かしいご遺影

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ご遺影に意識を集中し、通夜経をあげはじめる。
どことなく懐かしく感じる、私より2歳年下の男性の遺影である。
ふと、献花の名札に目が行き、懐かしさの意味が飲み込めた。

なんと、40年以上前に住んでいた沖縄方面の離島の洞窟そばにあった、中学校同窓会の名札だったのだ。
洞窟から見えた水平線にある隣り島の人々は、別の骨格をしていてとても小柄で顔も小さな人がほとんどだった。それに比べて、私が居たその島の人々は、おしなべて大柄な体格で、頭蓋骨も少し大きめの人が多かったのだ。

帰り際に親族の方と少しお話をすると、港ちかくの民宿の名など共通の話題にとても懐かしい感覚が甦った。

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ブログ「島の散歩」より


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posted by Shukai at 20:46| 東京 ☁| Comment(0) | 祈り・儀式・佛教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月15日

お盆のお勤めー2

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特にお盆には、様々な方からご依頼を頂く。
昨日のお宅は、車から降りて門扉を開いて一歩入ると、手入れされていない庭木の隙間を縫って玄関まで辿り着くような一軒家だった。

ご依頼者は40代後半、独り住まいの男性。奥の間にお邪魔すると、床の間に三体の遺骨が並んでいて、お位牌も仏壇もない。
お聞きすると、お葬式はしていらっしゃらないとのことだった。

6年前にお父様が亡くなり、今年の4月にお母様、その3日後に精神病院に通っていたお兄様が後追い自死をされたと言う。

お葬式をしていないと成仏しないのでは…?
自ら命を絶った霊は浮かばれないのでは…?

依頼段階から、お勤めの後にお話したいということだったのは、こういう話だったのだと納得した。

私はいつも、お話(法話)を先にさせて頂く。その方がお勤めの心構えがきちんとできると思うからだ。お焼香の意味や作法は、後で聞いても仕方がない。

お勤めが終わったあと、固い表情が和らいだ様子に安心して次のお宅へと向かった。

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2015年08月07日

お盆のお勤め

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一般的には、お坊さんがやってきてお経をあげて帰る、という認識かもしれないので少し書いておきたい。
細かい設えや習慣的な事は別の機会に述べるとして、僧侶にとってどんな内容なのかを見てみたい。

まず30分ほどお経あげる。2-3のパーカッションは使うのだが、アリア独唱を伴奏なしで30分ということをイメージしていただきたい。そして、歌手だとそこで終わるが、そこからが僧侶の本当の仕事である。

9歳のお子さんを病気で亡くされたご両親、19歳のお嬢さんのが自ら人生を終わらせたそのお母様、1歳の誕生日を迎えず二度も心臓手術をしたが帰ってこなかったそのご両親、最愛の奥様を若く亡くされたご主人様…
そういった方々の、苦しみや悲しみを全て受け止め、限られた時間内で生きる希望へとつながねばならないのだ。
これを一日に3〜5軒、200km〜600kmの行程を、越谷⇒三浦半島⇒藤沢⇒調布…といったルートで5〜6日間続けるわけである。

どうすれば生きる希望につながるのか。一言でいえば、よりトータルなスピリアリティのつながりと言えるかもしれない。これについては、また改めて書きたい。

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posted by Shukai at 15:12| 東京 ☀| Comment(0) | 祈り・儀式・佛教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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