2016年01月27日

戒名に母の面影を思い涙溢れる

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 「父の愛は薄かったのですが、母はとても慈しみ深い人でした」と、その方はおっしゃった。
とある住職からの依頼で、昨年満中陰を執り行った40代の依頼主の方である。その住職からは満中陰の法要と戒名の依頼も考えていらっしゃると聞いたが、半年以上経ってからやはりお戒名を授かりたいとの連絡があったのだ。「慈月◯◯…」とお戒名をつけてお送りした。

 「昨晩、妹と二人で骨壷を開いて、ろうそくを灯してお戒名を開きました」と、電話の向こうからその時の様子をお話しくださった。

 「母の面影そのままのお戒名を拝見して、妹と二人で泣きました。」
 「昨晩の美しい月を眺めて、母が見守ってくれているようで、とても安心しました」

 戒名を付けるかどうか、お二人で何度も何度も相談されたに違いない。最近では俗名のままのお位牌も見受けるが、別の存在になったことが自覚されにくいような印象を受けることも少なくない。
 戒名は本来、存命中に仏門に入った際に拝受する、キリスト教のクリスチャンネームに似たものだが、そのような機会がなかった人が多いので枕経で授けるようになった。戒名によって遺族の信仰心(スピリチュアリティ)が拓かれるという点で、その意義は大きいと言える。

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posted by Shukai at 13:58| 東京 ☀| Comment(0) | 祈り・儀式・佛教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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