2016年01月28日

瞑想についての覚え書

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 昨今の瞑想流行り、マインドフルネス流行りに対して少し考えを整理しておきたい。

 まず、それらに対する姿勢として二者がある。心理学的アプローチと信仰的アプローチの二つである。
一方は心理学的に、あるいは精神的に効果があるとして行うアプローチ。また一方は、効果は期待せず、ただただ道として歩むアプローチと言えるかもしれない。言い換えれば、前者は瞑想を効果のための手段として捉え、後者は手段と目的が同化していると考えられる。
 信仰的な方面から見ると、前者はいわゆるご利益信仰的な動機が見えて、快くないのかもしれない。瞑想が軍隊にも利用され、殺人のための命中率が向上したと言う話もあるほどである。

 一昨年出席したヨーロッパポジティブ心理学会議2014(ecpp2014)でも、マインドフルネスとラビングカインドネスのどちらが優れているかという発表が基調講演の中にあったが、その着眼点自体が本末転倒である印象が強かった。

 どちらにせよ、瞑想を続けると慈悲心の起きる脳の部位が活性化するので、争いが治っていくという報告もああり、どのような利用のされ方をしても問題はないという立場もある。私にとっての瞑想は筋力を鍛えるトレーニングではなく、呼吸を繰り返したり、美しい不二山を眺めるようなものである。

 また、瞑想には大きく分けて二つのアプローチがあることにも注意したい。一つは心を一つのことに集中させるアプローチ、もう一つは何ものにも集中しないアプローチである。マインドフルネスは前者で、いわゆる「心を無にする」と言われてきたのが後者である。ノイズの多い現代にあっては、一般的に何ものかに集中する方が入りやすいのは当然だが、それこそが瞑想というわけではない。

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posted by Shukai at 09:21| 東京 ☀| Comment(0) | 祈り・儀式・佛教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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