2013年06月12日

アートセラピスト浅葉和子先生のこと



 浅葉和子先生とお会いしたのは、大阪の寺を出て八ヶ岳でワークショップを展開していたころだったので、94-95年ではなかっただろうか。

 電話と手紙のやり取りだけで「清里樹林気功リトリート」のリードを引き受けてくださり、細かい打ち合わせは当日スタート寸前であったにもかかわらず、浅葉先生は期待以上のワークを展開してくださった。

 昨日、森になるの名誉顧問になっていただいた吉川宗男先生のお誘いで、鵠沼で開かれたプライベートパーティーにお邪魔した。能大鼓の大倉正之助氏のパーティーだということだったので、森になるのその後の展開の報告と、前回大倉氏が帰国中にいろいろ準備してくださったお礼を直接お伝えしたかったのだ。

 パーティーもそろそろ終わり、お開きかと思ったころに名前を呼ばれたので、振り返るとそこにいたのは浅葉和子先生だった。
 八ヶ岳を離れるころに先生にはずいぶんお世話になりながら、ご無沙汰していたのでずっと気になっていたところ、先日FBでの再会を果たしたところだった。

 大倉氏とは、ネイティヴアメリカンつながりなのだろう。清里の森の中で、ドリームキュッチャーを手作りしたワークがとても懐かしく思いだされた。その時に私が描いた人々がつながりあっている絵を、いまも大事に持っているとおっしゃったのがとても嬉しかった。

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*ドリームキャッチャーは、枕元に吊るしておくといい夢をキャッチして、いい夢が見られるというネイティヴ・アメリカンのタリスマン(お守り)

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◯浅葉和子プロフィール
 1991年ネイティブアメリカン文化とアートセラピーを学ぶため渡米。ロサンゼルス・カリフォルニア州立大学、ニューメキシコ大学でアートセラピーを学びながら、アメリカ先代民、北プエブロ族と交流。帰国後、彼らに学んだ自然との共存の精神とアメリカンアートセラピーを広く伝えるために様々な活動を展開。
 1999年より、金沢文庫芸術祭を立ち上げる。チーフプロデューサーとして、アートを通じての人興し[町興し]運動を目指し2013年で第15回を迎える。
住民の世代を超えた豊かなつながりと町のアート活動の活性化の場として定着し、愛され続けている。

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2013年01月04日

画家、小山佐敏氏のこと

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 1970年代の後半、小田急沿線の玉川学園に住んだことがあった。東口から坂を上り、さらに階段を上った小高い林の中の閑静な家だった。アメリカ風に言うとDUPLEX というのだろうか、一軒の二階建ての家が同じ間取りで左右に分かれている、天井が高く古いがモダンな建物だった。

 その隣に住んでいたのが、洋画家の小山佐敏氏だった。

 子供の頃は天草で育ち、ほとんど裸足で山野を駆け巡っていたと聞いた。確かお母様が亡くなったことがきっかけで絵を始めたのではなかったろうか。絵の勉強のために東京に出てきたのだろうが、信号もないような田舎から出てきた東京は、彼にとってずいぶん大きなカルチャーショックだったということだった。

 初めて描いたのは扉の絵で、その扉が開くとそこには無数のビルが現れた。やがてそのビル群はうねり出し、渦を巻いて全体として一個の生物のような様相を呈し、後の『生命都市シリーズ』へと進展する。

 出会った頃は、確か小田急線で切符きりをしていると言っていた。黙って切符を切ってばかりもつまらないので、ある日彼は一人ひとりに挨拶をし出した。それが話題となり、ラジオの取材を受けた後には、小田急線全駅であいさつ運動が展開されるまでになったという。

 その彼の絵が、村上龍の「コインロッカーベイビーズ」の装丁画に使われたのは、ずっと後になってからだったが、1979年のシェル美術館展で入賞してから、毎年のように様々な展覧会で入選を重ね、大英博物館に永久保存されるまでになったと聞いた。

 冷たいコンクリートジャングルに仰天した青年は、それでもなお人の温かさをその中に見つけ、全体としてうねり蠢くダイナミックな生命の躍動を見つめたに違いない。

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生命都市シリーズ


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2012年12月21日

山尾三省さんのこと

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 山尾三省さんと会ったのは、1970年代終わりころだったろうか。確か、西荻窪にある「ほびっと村」三階の「ほびっと村学校」での講座でだった。
 三省さんと親交の深かったアメリカの詩人で、ピューリッツアー賞や正岡子規国際俳句賞を受賞したゲーリー・スナイダーとは南小谷(みなみおたり)のコミューンで出会い、三省さんの名は聞いていた。
 
 小柄な三省さんはとても謙虚な方で、正座して伏し目がちに、言葉をひとつひとつ選びながら語るその姿は、いまも鮮明に記憶に残っている。
 1980年半ばころに、大阪の実家の寺の本堂での詩の朗読会に、二三度来てもらったことがあった。

 その端緒は、アレン・ギンスバーグジャック・ケルアックなどの「ビート・ジェネレーション」に求められるが、1960年代後半に、戦後の日本の行先を見つめて著した「部族宣言」は、非常に深い先見の明があったものだと感服させられる。
 
 屋久島に移り住んだ三省さんは、屋久杉をそう呼んだ『聖老人』を出版するが、その心は「森になる」にも息づいている。

 深い信仰心を持つ、とても静かな人であった。

山尾三省01.jpg


「冬至」 山尾三省

 冬至の日になると
 僕たちは じつは太陽を頼りとし
 太陽のおかげで生きているのだと 分からされる

 もうこれ以上 暗くならない
 これからはもう明るくなるばかりだ
 太陽があれば
 僕たちはその下で 皆で生きたり死んだりすることができる
 もうこれ以上暗くならない
 これからはもう 明るくなるばかりだ

 一本の椎の木に 僕は語りかける
 椎の木よ
 あなたたちと僕たちの 今日は本当のお祝いの日だね
 これ以上暗くはならない 自然生のものたちの
 本当のお祝いの日だね
 
 冬至の日になると毎年
 今がどん底で どん底がきたから
 もう大丈夫なのだと 分からされる


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2012年10月28日

ピアニスト、ウォン・ウィン・ツァンさんとのこと

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 1980年代の終わりころだったと思う。旧友が実家大阪の寺に立ち寄ってくれたとき、ウォンさんのCD 「フレグランス (FRAGRANCE)」を手土産に置いていってくれた。

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 そして、また別の映像作家の友人がドルフィンの映像作品を持って来てくれた。そのBGMに使われていたのが、耳慣れた「ドービル海岸」だったのには驚いた。その映像はとて美しい画質で、ドルフィンの優雅な泳ぎがほんの少しスローに仕上げられていて、BGMがとてもよく合っていたのだ。

 初めてウォンさんのピアノを聞いたとき、思い出したのは西表島で体験したどこまでも透明な、そして圧倒的静寂のただただ青い海だった。
 その印象と、ゆったりと波間を優雅に泳ぐスローなドルフィン‥
 そのビデオテープを何本も注文して、会う人会う人にプレゼントした。

 ウォンさんの音色は、なんど聞いても聞いても、聞き飽きるどころか、心が静まり返ってくる。
 技巧に走ることなく、華美な修飾もなく、演奏者さえいないかのようなその響きは、もとからそこにあったかのように、元々自分の中に流れていたかのように、私の細胞の隙間に染み入って来た。
 Fragrance‥かすかな香りが空間に漂い、空間が淡い色彩へと緩やかに変調してくる。


ドービル海岸


 そして、千代田区の平河町で整体院を開いてしばらくしたころ、きくちゆみさん夫婦がベビーシッターをして欲しいというので引き受けた。
 「コンサートに行くからお願い!」というのだ。聞いてみると、近所の紀尾井ホールでウォンさんのコンサートがあるので夫婦で行きたいということだった。まだ、ウォンさんとの出会いの時ではないのだなと思いながら、子供達と北の丸公園を散歩し、子供たちの様子をスケッチして保育記録にして待った記憶も懐かしい。

 今年(2012年)に入ってFacebookに「ノート」で脱原発運動について思うことを書いたところ、ウォンさんから友達リクエストが届いた。
 「あ〜、こんな風に出会いが準備されたのだ」という印象があった。そのことと平行して、「日本トランスパーソナル学会」でワークショップ実施の申し込みをしていたので、その時にはお会いできるなと、内心楽しみにしていたのだった。

 学会でお会いするなり、「シンポで少しだけでも話してくださいよ」と、何十年来の再会をしたかのようにウォンさんから仰っていただいた。
 私も確かに、「久しぶりだね」という感覚だったのはいうまでもない。

 そのウォンさんが、「森になる」に賛同してくださり、12月2日に予定している「森になる設立記念シンポジウム」に来てくださることになった。
 少し無理を承知で、スピーカーとして来てくれませんか?とお願いすると、快く承諾してくださった。有り難いことである。

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2012年01月26日

映画「典子は、今」

 1980年に創刊され、1985年に休刊となった写真を中心にした小学館の月刊誌に『写楽』(しゃがく)というのがあった。

写楽.jpg

『写楽』創刊号


 その表紙にはタイトルロゴと号数以外の活字は一切ないという徹底した編集方針で、篠山紀信をメインにした写真雑誌として創刊された雑誌だ。創刊号の表紙は篠山撮影の森下愛だった。毎月買っていたその雑誌のあるページを開くと、うら若い女性が床に置いた化粧鏡を覗き込んで口紅を塗っている写真が目に止まった。鏡が床に置いてあるのと、ずいぶんと屈み込んでいる以外は特に気にならなかったのだが、よくよく見るとその口紅は足の指に握られているのだった。
 その後福祉の研修だったか何かで、1981年に上映された本人出演のドキュメンタリー『典子は今』を見た時のことが鮮明に思い出される。
 サリドマイド児として1962年に生まれた彼女には腕がなく、肩から生えているような数本の指があるだけで、右目の視力もほとんどないのだった。成長してからは様々なことに興味を示し、足の指にピックを挟んでマンドリンを弾いたり、プールで懸命に泳いだりするその姿に大きな勇気をもらった。
 何よりもお母様が明るく育てたということに感銘を覚えたものだった。

白井典子.jpg


映画「典子は、今」の"白井のり子"公式ホームページ「スマイルビー

”Look at yourself after watching this”
posted by Shukai at 19:16| 東京 ☁| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月21日

大雨考:深沢七郎『笛吹川』

 1970年当時、深沢七郎さんは確か今川焼きを焼いていた頃だと思う。

 ちょっと偏屈な頑固爺さんといった体で、口数は少なかった。

 深沢宅に一人いた居候は、ショボいヒゲをまばらに生やして自作の詩を詠んだが、お世辞にも上手いとは思えなかった。

 深沢七郎の『笛吹川』を読んだのは、それからずいぶん経って『楢山節考』を観たまだその後だった。

 まるでバッタの篭のような小屋に住む農民一家の日常を、淡々と描いただけの物語であった。

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 その一節に、このようなくだりがあった。

 嵐が来て笛吹川が増水し、嵐が去ったあとに風が吹くと、しばらく後に笛吹川がまたさらに増水するというのだった。

 木の葉に留まった水滴が風に揺らされ地面に落ちて、それが少しづつ少しづつ集まってゆく‥

 山の斜面は巨大な漏斗をいくつも重ねたような形状をしている。

 そのいくつもの漏斗が、水を集め水を集めて小さな川に流れ込む。

 小さないくつもの支流がどんどん集まり、中流域では相当量の水を集めるのである。

深沢七郎01.jpg

 私たちは、次の時代を作る一滴の水である。

 合流すると、時には濁流にもなるだろう・・・

 しかし、やがて滔々とした流れとなって、ひとつの海へと至るのだ。

 そのような一滴の水として、素晴らしい出逢いを重ねたいものである。

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2011年09月07日

あなた方は本当にするだろうか?

 「東西両大陸が互いに警句を投げあうのをやめ、両方に得るところがあれば、そのことによってたとえ賢くならなくとも、もっと悲しみの心を持とうではないか。

 西洋と東洋は異なった方向に発展してきたが、互いに長短補って悪い理由はない。

 あなた方は心の安らぎを失うという代償を払って膨張を得たが、われわれは、攻撃に対してもろい調和を創造した。

 あなた方は本当にするだろうか。
 
 東洋はある点において西洋よりもすぐれていることを!」

 1906年ころに英文で書かれた岡倉天心『茶の本』(桶谷秀昭訳、1994)

 けだし先見の明とはこのこと!

Let us stop the continents from hurling epigrams at each other, and be sadder if not wiser by the mutual gain of half a hemisphere.

 We have developed along defferent lines, but there is no reason why one should not supplement the other.

 You have gained expansion at the cost of restlesness; we have created a harmony which is weak against aggression.

 Will you believe it?――the East is better off in some respects than the West!

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2011年07月13日

仲佐秀雄さんのこと

 今年80歳といくつかになる仲佐秀雄さんとお会いしたのは、確か2002年だったと思います。

 2001年の911事件がきっかけで、「何かしなければ!」と思い立って、「世界の平和のための個人のつながりーUNITY」を立ち上げて、いろいろなイベントを開いていたころのことです。

 千葉県にお住まいのある仲佐さんは、社団法人日本民間放送連盟の事務局長を退任され、山梨英和大学名誉教授を勤めながら、「千葉地球村」などの市民活動を支えていらっしゃいました。
 麹町でUNITYとして初めての講演会を開催した時には、10名くらいのお仲間を連れて来てくださったのでした。
 その講演会の終了時には、首からプラカードを掛けて環境活動のチラシを配り、会議室の片付けを率先してお手伝いくださいました。

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 アメリカの元原子力研究所職員だったロレーン・モレ女史が、劣化ウラン弾の廃絶を訴えるために来日した時、一連の講演会が済んで帰国前に講演会を依頼したのですが、帰国までの一週間のホテル代や通訳へのギャランティーに頭を抱えていると、ポンと10万円ものドネーションを出してくださって、実現することができたのです。

 二年前の「森の海」オープニングにもお忙しい中を駆けつけてくださったので上座にご案内したのですが、いつも決して上座にお座りになることはありません。

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 仲佐さんが、一昨年の年末に胆管ガンの手術をなさったと聞いたのは、昨年の年明けすぐでした。
 術後の回復は良好だったそうですが、8時間にも及ぶ手術!手術室に入る前、一度は「麻酔から覚めないかもしれない…」と思われたに違いありません。80歳を過ぎてからの手術というのは、麻酔のダメージも大きいのです。

 退院後の昨年正月、仲佐さんは千葉からわざわざ千代田区まで、私の尻を叩きに来てくださいました。以前からお話していた「森になる」という樹木葬の活動を早くやりなさいと仰るのです。

 そのアイディアをお話したのはずいぶん前だったのですが、当初は企画書を書いて八ヶ岳の候補地や、御嶽山の麓の王滝村に出向いて村長とお話したりもしたのですが、はかばかしい進展がないまま7年が経っていました。
 その仲佐さんと、先週約一年ぶりにご一緒することがやっとできたのでした。

 お身体の様子が気がかりでしたが、新倹見川駅前に市民カフェをオープンなさって、いろいろな市民活動の交流を図る場にしたいと、はりきっていらっしゃるご様子にはとても安心しました。

 いくつものアイディアを語るその瞳は、少年のようにイキイキとして、大きな勇気をいただいたのでした。

 準備中のHP「森になる

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2011年04月09日

黒澤明『赤富士』

 80年代,世界のKurosawa作品『赤富士』。これは黒沢監督が見た夢がモチーフであるといわれているが、没後15年を経て直筆メモが公開された。

 70年代,手塚治も『火の鳥―未来編』で,いまで言う「生命体ガイア」を描いていた.

 大阪万博の1970年,宮脇昭博士は『植物と人間』で「生物社会のバランス」と,警鐘を鳴らしていた.


黒澤明 死して15年 直筆ノートにあった"メッセージ"

http://youtu.be/1BtNWZ9Q-20

 孫正義さんTweets:NYタイムズも報道⁈「福島第1原発で炉心が溶け、流れ出ている。最悪のシナリオは爆発」米NRC示唆 (β) http://t.co/2ekbqo9
 
赤富士02.jpg
 黒澤明,絵コンテ

〇支援受け入れ窓口のない「孤立被災地」への支援を担当するNPO
日本ユニバ震災対策チーム 

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◆現地に行ったモデルでシンガーの堀井朋子さんブログから転載させていただきました.


たくさんの約束をした 恋人も。 生涯の 親友も。

どんな時も一緒だった 大切なペットまで…

一瞬にして この世から居なくなり、 もう逢えません。

なんとか 酷い姿で 家族は見つかったけれど ‥

避難所の生活。その叫び―― 。】

◆南相馬市の女子高生の声
助けてください…まだ16なのに死を覚悟してるんです‥

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◆田中優さん,とても紳士的で聡明な方です.

 彼の解説にも耳を傾けてください.

田中優USTREAM

◆「現代の最大の祈りは行動することだ」―ジョン・シード(オーストラリアの環境保護活動家、熱帯林情報センター創設者、仏教者)


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