2018年07月27日

静寂での再会

大好きなお母様を亡くされた、とても仲のいい兄妹がいらっしゃる。戒名を授けて頂きたいというのがご縁だった。三年前のお盆からのご縁だが、とても端正なお仏壇を準備され、仏前の飾り付けもとても心がこもっているのが印象的だった。

まるまる三年経って、「お心いかがですか」とお聞きしても、お二人とも涙を流されて、生きる気力が湧かないと毎年のように仰る。お母様は未生流の生け花を嗜まれ、教育者でいらしたようだが、もう会うことができないという想いが強くずっと悲しみの中にいらっしゃるようだった。
これまでも年に一二回の法要の度に、この肉体だけがすべてではないということや静寂のなかで再会できることなどはお伝えしてきたが、そうすぐに実感できるものではない。
毎回過分と思えるほどのお布施を包んでくださり、メロンやスイカなどのお供え物をたくさん頂くのだが、以前からお勧めしていた茶道の手始めと思い抹茶のセットをお送りした。

手紙文中の「バックミラーばかりを見て…」というのは、バックミラーばかりを見てハンドルを握らないで、バックミラーを持って運転するようなことを私たちはしがちだという私の話へのご返答だ。

お茶の静寂の中で、お母様とご一緒されることを願ってやまない。

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2016年03月01日

棲み分け理論の勘違い

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 京大名誉教授故今西錦司博士が提唱した棲みわけ理論が、ビジネス界で語られるようになって久しい。ニッチという語も、この理論から生まれた言葉だと聞いたことがある。基本的には、価値観や業種の違う人や企業が、それぞれのサバイバルのために棲みわければいいという解釈である。その表現にも確かに一理ある。
 また、違う価値観の人同士についても「棲み分けが大事」という表現も聞くことがある。価値観の違う人とは距離を置いて関係性を持たない方が互いに上手く行くという訳であろ。

 しかし、このポイントをいま一歩深めてみたい。まず、今西錦司博士が提唱したのはある切り取ったビオトープの中で、それぞれの種が与え合って互いに生命を支えているという調和にアクセントを置いた世界観であったと記憶している。棲み分け理論は、闘って奪い合い環境に適した種が生き残るーすなわち適していない種は滅びるという弱肉強食の世界観とは対極にあり、また関係性を持たないという理論ではなく与え合うという関係性にあるという理論ではなかっただろうか。

 また、すべてがつながっていることを前提とした場合、関係性を持たないということは不可能であり、これほどまでに多様化した現代にあって、地球上で棲み分けるというにはこの星は狭すぎるのは明白である。

 そこで必要なのは、自分のこれまでの価値観の変容と、日本神話の国譲りに見られる精神ーすなわち与えて譲り互いに生かすという智慧なのではないかと思えるのである。

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2015年10月02日

「言うことを聞きなさい」の真意

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子どものころ、「言うことを聞きなさい」と言われたことは、たいていの方の記憶にあるかもしれない。ほとんどの場合、「言ったとおりにしなさい」と解釈しがちだが、本来の意味はそうではない。
本来の意味は、言葉どおり「言っていることを、(自分の解釈を挟まずにきちんと)聞いてごらんなさい」ということではないだろうか。

「群盲象を評す」⇒http://shukai.seesaa.net/article/366834008.html

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2015年02月04日

大森貝塚の発見者モースの見た日本

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 今日は大森で、小泉八雲の研究者でいらした学者さんの、その奥様のご葬儀だった。102歳のご長寿だった。その式場に向かう途中の大森駅で、「日本考古学発祥の地」の記念碑を見つけた。

 大森貝塚を発見したエドワード・モースは、日本滞在中に日本人の誠実さや高い美意識に触れ、その素晴らしさを著書『日本その日、その日』で紹介した。

 ある日調査のために何日も宿を空けるときに、彼はある実験を試みた。大切な銀時計や金貨銀貨を番頭に預けてみたのである。番頭はお盆にそれを預かり、大切にお預かりしますと、そのままモースが投宿している部屋の片隅に置いた。「ここにこのように置いておきます」と番頭はモースに告げた。

 当時のたいていの日本家屋は、丁稚や女中衆が自由に出入りできる、部屋に鍵などない造りである。モースは半信半疑で何も言わずに出かけたが、半ばすべて失っても致し方なしと諦めていた。
 数日経って戻ってみると、果たして預けた品は出かけたときのままそこにあったのである。それを見たモースは、それまでの価値観が根底から揺らいだのだった。

呉 善花(拓殖大学国際学部)教授が「防犯意識が薄い安全大国日本の伝統」(リレー・コラム:日本再発見の旅 9:拓殖大学)でこのように書いている。

 明治初期のことだが、大森貝塚の発見で知られるアメリカ人の動物学者エドワード・モースが、瀬戸内地方を旅したある日、広島の旅館に財布と懐中時計を預け、そこからしばらくの間遠出をしようとしたときのことである。旅館の女中がお預かりしますといってしたことは、時計と財布をお盆に乗せてモースの泊まった部屋の畳の上に置いただけだった。
もちろん部屋はふすまで仕切られているにすぎず、鍵や閂などが掛けられてはいない。モースはとんでもないことだと思って宿の主人を呼んだが、主人は平然と 「ここに置いておけば安全です」と答えた。 モースの旅行中にこの部屋を使う客は何人もいるわけだし、女中たちも始終出入をする。不安をぬぐえるわけもなかったが、モースはひとまず実体験を積むことを重視し、そのまま遠出したのである。

 一週間後、旅館に戻ったモースは、宿の部屋のふすまを開けて心から驚き感じ入ったという。そのときのことをモースは次のように記している。

 「帰ってみると、時計はいうに及ばず、小銭の一セントに至るまで、私がそれらを残していった時と全く同様に、ふたのない盆の上に乗っていた」

 モースによれば、欧米のホテルでは盗難防止のため、水飲み場のひしゃくには鎖が付き、寒暖計は壁にネジで留められているのが常だったという。モースはその日の日記に「日本人は生得正直である」として次のように記している。

 「人々が正直である国にいることは気持ちが良い。私は財布や時計に注意しようとは思わない。錠をかけぬ部屋に小銭を置き放しにするが、日本人の子供や召使は一日に何度も出入りするのに、決して手を触れない。日本人が正直であることの最大の証拠は、3,000万人の国民の家に錠も鍵もかんぬきも錠をかける戸さえもないという事実にある」(同前)

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節分に寄せて

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 以前、大阪市内から毎週のように通っていた、奈良県吉野郡の天河神社の柿坂宮司から興味深い話を聞いた。
 後に愛媛県など他の地方にも同様の風習があることがわかったのだが、節分の豆まきの時に、「福は内、鬼も内」と言って豆まきをするというのだ。

 「何ものも排除しない」という日本的な慈悲心からなのか、あるいは「幸も不幸も内にある」という教えなのかそのルーツは定かではないが、その話を聞いてなんとなく嬉しくなった。

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本蔵院の節分(インターネットブログより)


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2014年08月26日

「第38回生命情報科学シンポジウム」報告

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 増富温泉郷は秘境である。秘境という場は、人を退ける空気がどこかに感じられるものだ。みずがき湖から伸びる「増富ラジウムライン」を上り詰め、増富温泉郷から上る細い林道クリスタルラインをさらに上に車を走らせると瑞牆山の登山口にたどり着くが、一種独特の空気が漂う。奈良県吉野村から奥に入った大峰山系と共通する空気が支配している。そういえば道しるべに「金峰山」の文字が目にとまった。
 瑞牆山は1000万年前に地殻が押し上げられた水晶の山だ。



 2014年8月23-26日(土〜火)に増富温泉郷で開催された「第38回生命情報科学シンポジウム」はそのような場所で開かれ、「与える喜びをとおして幸福を実現する森になる運動」を発表させていただいた。
 受け入れは、今年の早春に大月ロハス村で不思議なご縁をいただいた小山芳久氏が、全面的に担当してくださっていた。小山氏は「増富の湯」の総支配人をしていらっしゃる。




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いとうたけひこ心理学教授


 それを受けて河野秀海が、必ず終末を迎えるにもかかわらず「持続可能な幸福」とはどういうことかを問いかけ、「森になる」でその可能性を示唆した。
 最後に、国際ヒーリング協会理事長中ルミが「ヒーリングタッチ」による効果を報告した。

 「死」は、生の終焉ではなく、自分の生を木を植えることで次世代につなぎ、その行為によって死後への希望が拓かれることを示し、「森になる」がそのための仕掛けとして機能することを伝えた。最後に「森になるイメージ呼吸瞑想法」をリードし、自己と自然とが共感する感覚の一端を味わって頂いて発表を終えた。

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河野秀海「森になる」代表


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2014年07月27日

第21回森になるサロン「アムステルダム学会報告」

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 2014/07/26(土)190-21:00「麹町区民館」で第21回森になるサロン「ヨーロッパ学会報告会」を開催した。16名の参加者でたいへん熱心に意見交換が行われた。

 理事の小西喜朗の司会でスタート。森になる副代表理事佐原勉が開会に先立って、森になるの学会発表への期待とこれからの展開課題を提示した。報告は森になる専門委員橋爪謙一郎から、アムステルダムでこの7月に開催された「ヨーロッパポジティブ心理学会議2014」での「森になるシンポジウム」全体の様子が伝えられ、橋爪、河野秀海がそれぞれのパート概略をお伝えした。

 全体的な感想として、これまでの人類を頂点に置いた世界観から次のあり方が模索され、私たちの発表に一縷の光明を感じた聴衆がとても多かったように感じられた。そういったことを軸に、現在広く知られてきているポジティブ心理学や、マインドフルネス瞑想法などの本質的なあり方についても様々な意見が提出され、議論は尽きることがなかった。

 感想は後日、参加者の伊藤氏から寄せられる予定だ。



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2014年05月19日

五井昌久先生のこと

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 縁あって市川にあった「白光真宏会」の聖ヶ丘道場を訪ね、五井昌久先生の尊顔を拝したのは、1970年のはじめころであった。駅を出てバスに乗り込むと、乗り合わせた方々のお顔が、みな一様に明るいことに気がついた。その後いくつかの宗教団体の本部を訪ねたことがあったが、厳しく入場をチェックするところもあるのに対して、白光真宏会はとてもフリーな雰囲気なのがとても印象深かった。

 それまでにも、五井昌久先生のご講話はカセットテープで聞いたことはあったが、当時はすでに講話はされていなかった。集まりはコーラスで始まり、何人かの方々が体験談などの話をされて、最後に西園寺昌美先生が壇上に立たれると、会場の空気が一気に変わったことを鮮明に記憶している。そのお話は確信に満ち溢れ、その言葉は光の断片が放たれているかのような印象であった。

 昌美先生が降壇されると幕が引かれ、会場は静まり返った。シャーっと幕が開くと、五井昌久先生が両手を広げ印を組んで立っていらした。無言でただそこにいらっしゃるだけで、圧倒的な存在感だった。緩やかに手が動き、会場の右手、中央、左手へと向かい、柏手が打たれる。いわゆる祓いの柏手である。

 私は、南無阿弥陀仏の信仰の真髄は、五井昌久先生から学ばせて頂いたと深く感謝している。阿弥陀仏の語源であるサンスクリット語 अमिताभ Amitābha は無量ーはかりしれない光、すなわち白光を指しているのだ。その光にすべてお任せします、というのが、南無阿弥陀仏の意味だと理解している。

 1980年に64歳でお亡くなりなったが、富士聖地ができて、様々な活動が展開されていることは耳に届いていた。何人かの知人から、富士聖地のセレモニーに誘われたこともあったが、何故か実現はしないままであった。

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五井昌久先生


 今回は、一昨年「森になるシンポジウム」を発表させていただいた「国際生命情報科学会」でお会いした、昭和大学名誉教授の中村泰治先生からご招待をいただき、名誉なことに来賓席に通していただいた。
 電話で問い合わせをした時もそうだったが、すぐに「中村先生からご招待の河野様ですね」と、到着して車から降りた途端に同様に出迎えを受けた。すべてのスタッフからとても丁重なご挨拶を頂戴し、レセプションでは西園寺昌美先生と親しくお話もさせて頂き、森になるにも大きなご賛同を頂戴した。
 来年のセレモニーも、きっと参加させていただくことになるだろう。これからの展開が楽しみだ。

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セレモニー終了後のレセプション、西園寺昌美先生と


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左から京都府立医科大学棚次正和宗教学教授。ご招待くださった昭和大学名誉教授中村泰治理学博士。


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2014年05月11日

幼子との別れ

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 私の遠縁でも、脳幹腫瘍で亡くなった方があったが、大人で発症するのはレアケースだと聞いた。
 今日のお通夜は、11歳の息子さんを脳腫瘍で亡くされた若いご夫婦だった。最近では珍しいご自宅でのお葬儀だ。
 小学校の友達や、近所の幼馴染にも来てもらいたいからと、ご夫婦のたっての願いで自宅兼サイクルショップが式場として設えられていた。

 到着してすぐ、柩の窓を開けてもらいご挨拶をした。肌は瑞々しく、ほんとうに天使のような表情だ。純粋な魂が長く留まるには、この世界はあまりにも辛いことが多過ぎるのかもしれないといつも思う。

 控え室でのご挨拶で、病が発見されてから1年少しのお話をお聞きし、満中陰までのことなどをお伝えして「三つのことば」の話をさせていただいた。すると、それまで涙を堪えていらしたお母さまが、嗚咽まじりに「その三つのことばを、互いに何度も伝え合っていました」と仰った。
 5月1日に意識がなくなり、心肺停止に陥ったのだが、心臓マッサージをしながら「もう少し頑張って」と何度も声をかけると意識を取り戻したというお話だった。そのあと何度も何度も、三つのことばを繰り返したというのである。

*「三つのことば

 司式者(Master of ceremony)の役割りは、悲しみのアテンダントだけでなく、生死を超えたその先のどちらに意識を向けていけばいいのかを指し示すことにあると思っている。大切な肉親との別れによって、日常意識に大きな裂け目ができたとき、それまで眠っていたSpiritual な領域が発動する大きなチャンスなのである。いのちの誕生と同じく、とても神聖な瞬間なのである。

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